鎌倉祇園大町まつり

八雲神社宮司 小坂周防さん

毎年執り行われるこのお祭り。夜の威勢のいい神輿ぶりを楽しみにしている方も多いのでは?実はこのお祭りは鎌倉で100年以上続く伝統文化だということをご存知だろうか? お祭りの由縁、四社のお神輿のこと、そしてお祭りへの想いを八雲神社宮司の小坂周防さんにお話を伺う。

古くから大町にお住まいの方はご存知だと思いますが、最近では若い世代が多く移住されてきています。そこでご存知でない方々のために、鎌倉祇園大町まつりの由縁を教えてください。

発祥は、平安の末期、西暦1083年に八雲神社がご創建されました。古くから残されている文献では、源頼義の子で源義家の弟の源義光(のちの新羅三郎公)が、後三年の役で兄が苦戦を強いられていることを聞き、助けに行く道中でたまたま大町に立ち寄った際に大町界隈で病気が蔓延し、それを鎮めるために京都の祇園様(八坂神社)から神様をお迎えし、退散させたことに感謝して始まったとされています。これが八雲神社が「厄除けさん」といわれた由縁です。そして神社ができれば、お祭りが行われる、という事で代々続いているわけです。そして近代になってお囃子やお神輿などを取りまとめる上で外郭団体…いわゆる実行員会が立ち上がりました。戦後、『大町全体のお祭りだ』ということがわかるように『大町まつり』という名称になりました。

鎌倉祇園大町まつりの見所はどんなところでしょうか?

古くから、昼間のお渡りは神様をお神輿にのせてお運びするという意味があります。ですから、白丁烏帽子姿でゆらりゆらりと静々と担ぎます。その様子から一変して夜は、神輿を揺さぶって調子をつけて勢いよく担ぎます。夜に出てくる魔物を払いのけるために、神様の力をお借りしてそして覚醒させて、威勢よく担ぎます。これは全国でも珍しいのですが、四ツ角で横一列に神輿を四社並べる独特なスタイルは勇壮です。担ぎ手はもちろん、観る人の気持ちも高揚するのではないでしょうか?

四社の神輿に祀られている神様のことを教えてください

源義光の子孫である義光流源氏の一族である佐竹氏の御霊、日本神話ではヤマタノオロチを退治したとされる須佐之男命、ヤマタノオロチの生贄にされそうになっていたところを、スサノオにより櫛(くし)に姿を変えられて助けられ、その後須佐之男命の奥方になった稲田姫の命、そしてそのお子様達である五男三女神の八王子命です。

お渡り時の参拝方法を教えてください。

年に一度神様がお神輿に乗って街へ出て来る日です。近くでお参りできるわけです。お囃子が聞こえたら、「そろそろ神様がお通りになる」というお知らせです。通りに出て、おひねりをお納めして、『御幣』で払いを受けて、神様に向かって柏手を打ってお参りしてください。この鎌倉祇園大町まつりで担ぎ出されるお神輿は、奉舁する者も拝観する人も「悪疫退散招福繁昌」が約束されると古くから語り伝えられています。

鎌倉大町祇園まつりについて、宮司としてまた子を持つ親として次の世代である子供たちへメッセージをお願いします。

お祭りが老若男女、みんなが一緒になって力を合わせてはじめてできるものです。お囃子に参加する子供たち、神輿を担ぐ大人たち…参加することは地域に根付く第一歩です。普段顔を合わせることがない人たちと関わることができます。子供の頃、連れて行ってもらったお祭りに、また大人になってから参加する。これは伝統を引き継ぐ第一歩です。ぜひ皆さんもお祭りに参加して、伝統継承者となって子供たちに未来(あす)を引き継いでください。

2015年5月 取材
聞き手:山内行光